【日本の建築史 第6回】これからの建築──人の手に残るものは何か
ここまで5回にわたって、日本の建築が1400年かけて変わってきた道のりを見てきました。
木を組み、石を積み、レンガを覚え、鉄とコンクリートで高く伸び、そして揺れを制御する技術を手にしました。
最終回は、これから先のお話です。
ただし、未来を占う前に押さえておきたいことがあります。
これから起きる技術の変化には、はっきりした理由があるということです。
まず、数字を見てください
建設業で働く人の数は、大きく減っています。
2006年に約559万人いた建設業の就業者は、2025年には約478万人になりました。
このうち現場で働く技能者は、386万人から296万人へと減り、300万人を割り込んでいます。
年齢構成にも偏りがあります。
2025年時点で、建設業の就業者のうち55歳以上が約37%を占める一方、29歳以下は約12%にとどまります。
全産業と比べても高齢化が際立っています。
そして2024年4月からは、建設業にも時間外労働の上限規制が適用されました。
他業種より5年遅れての適用です。
つまり現場は、人が減り、働ける時間も限られるという条件のなかにあります。
これから紹介する技術は、どれも未来を先取りした夢の話ではありません。
この数字から逆算して出てきた、必要に迫られての答えです。
ここを押さえておくと、話の見え方が変わってきます。
i-Construction 2.0──2040年に3割省人化
国土交通省は2024年に、i-Construction 2.0という方針を打ち出しました。
掲げている目標は明快です。2040年度までに、建設現場で3割の省人化を実現する。
言い換えれば、生産性を1.5倍にするということです。
柱は三つあります。
施工の自動化。
重機の遠隔操作や自動運転を進め、危険な場所に人が入らなくても施工できるようにします。
すでに山岳トンネルの新設工事などで試行が始まっています。
データ連携の自動化。
設計から施工、維持管理まで、同じ3次元モデルを使い回します。
図面を描き直す手間をなくすという考え方です。
施工管理の自動化。
検査や書類をデジタル化し、遠隔で確認できるようにします。
現場に足を運ぶ回数そのものを減らします。
BIMが現場に降りてきます
BIMという言葉を聞く機会が増えたと思います。
簡単に言えば、属性情報を持った3次元モデルのことです。
ただ立体的に描かれているだけでなく、その柱が何の材料でできていて、いくらで、いつ施工するのかという情報が、モデルそのものに紐づいています。
国土交通省の直轄工事では、2023年度からBIM/CIMの原則適用が完了しました。
そして2026年4月からは、建築分野でBIMを使った図面審査が始まっています。
3次元データを前提にした業務が、いよいよ日常に入ってきました。
現場にとって何が変わるかというと、大きくは次の点です。
干渉が事前に見つかります。
配管とダクトがぶつかる、鉄筋が納まらないといった問題を、着工前に洗い出せます。
現場での手戻りが減ります。
図面が「立体」になります。
紙の図面を頭の中で立体に起こす作業が不要になります。
若手が現場に入る際のハードルは、確実に下がるはずです。
情報が現場にそのまま届きます。
タブレットでモデルを見ながら施工する形が増えていきます。
3Dプリンターは現場に来るのか
住宅を印刷するという話は、もはや実験段階を過ぎています。
日本では2022年に3Dプリンター住宅の第1号が完成し、その後も開発が続きました。
2025年11月には、宮城県で日本初となる2階建ての3Dプリンター住宅が完成し、建築基準に基づく完了検査に合格しています。
2026年6月には、専業メーカーが量産フェーズへの移行を発表しました。
工期を2〜3か月に短縮し、5年後をめどに年間1000棟の建設を目指すとしています。
制度面でも動きがあり、国土交通省は建設用3Dプリンターに関する基準の整備を進めています。
小規模な建築物向けの仕様規定づくりや、プリンターで出力したモルタル製の型枠を鉄筋コンクリート構造の一部として扱う基準などです。
ただし「印刷すれば完成」ではありません
現場感覚として重要なのは、ここからです。
大阪・関西万博で3Dプリンターによる制作に取り組んだ設計者は、材料の補充に人手がかかること、屋外での出力は天候に左右されることを課題として挙げています。
プリンターと材料を現場まで運ぶこと自体が大変だったという話もあります。
積層する工程が自動化されても、その前後には人の作業が残ります。
基礎、設備、内装、仕上げ。
建物のすべてが印刷できるわけではないのです。
とはいえ、曲面の壁や複雑な形状を、型枠なしでつくれるという利点は大きい。
大手ゼネコンも、プレキャスト部材の製作や曲線壁の施工に活用し始めています。
型枠工事の一部が置き換わっていく可能性は、現実的な話として見ておいたほうがよさそうです。
ロボットと自動化はどこまで来ているか
現場に入りつつあるロボットは、いくつかの方向に分かれます。
重機の自動化・遠隔化。
掘削や盛土といった土工事から進んでいます。自動施工の試行件数は年々増えています。
単純作業の代替。
鉄筋の結束、溶接の定型部分、墨出し、資材の搬送など、動きが決まっている作業から置き換わっています。
測量・計測。
ドローン測量や3Dレーザースキャナーは、すでに多くの現場で当たり前になりました。
共通しているのは、危険な作業、重い作業、繰り返しの作業から順に機械化が進んでいるということです。
これは現場にとって悪い話ではありません。
木造がもっと高くなります
第5回で触れたCLTと耐火技術によって、木造の可能性は広がり続けています。
2022年には11階建て、高さ44mの純木造耐火ビルが横浜市に完成しました。
さらに15階建て、高さ約45mの木造高層マンションの建設も進んでいます。
背景にあるのは脱炭素です。
木は成長のときに二酸化炭素を吸収し、それを建物のなかに貯めておけます。
都市に第二の森林をつくるという表現が使われることもあります。
工期が短く、建物が軽く、基礎の負担も減る。
人手が足りない時代に、木造は現実的な選択肢として力を持ちはじめています。
新しく建てるより、直して使う時代へ
もう一つ、確実に来る変化があります。維持管理と更新です。
高度成長期に集中的につくられた道路橋、トンネル、水道、港湾などは、建設から50年以上が経過する施設の割合が急速に高まっています。
第4回で見た、あの建設ラッシュのつけが回ってきているわけです。
これからの建設業は、新しくつくる仕事と同じかそれ以上に、点検し、直し、使い続ける仕事が増えていきます。
そしてこれは、実はまったく新しい話ではありません。
第1回で紹介したとおり、日本の木造建築は傷んだ部材だけを取り替えながら1300年もたせてきました。
つくって終わりではなく、直しながら使う。
その発想が、材料と規模を変えて戻ってくるということです。
それでも人の手に残る仕事
さて、いちばん気になるところだと思います。
自動化が進んだら、職人の仕事はなくなるのでしょうか。
歴史を振り返ると、答えのヒントがあります。
第2回で見たとおり、室町時代に大鋸(おが)が普及して製材が一気に速くなりました。
台鉋(だいがんな)が登場して仕上げ精度が上がりました。
第4回では、鉄骨が工場で加工されるようになり、現場で刻む仕事が減りました。
そのたびに職人の仕事は変わりましたが、なくなったことは一度もありません。
むしろ、道具が進化するたびに、より複雑で高度な仕事ができるようになってきました。
では、何が残るのか。
機械が得意なのは、条件がはっきりしていて、手順が決まっている作業です。
同じ動きの繰り返し、重量物の運搬、寸法を写す作業、書類の整理。
人に残るのは、条件が毎回違うもの、その場で決めなければならないものです。
- 今日の天候と人員で、どう段取りを組むか
- 図面どおりにいかないとき、どう納めるか
- 材料ごとの癖を読んで合わせる
- 「なにかおかしい」と気づく
- 改修や解体のように、開けてみないとわからない現場
- 機械が入れない狭い場所、入り組んだ場所
- 人に教え、現場をまとめる
第2回で、規格が完成した時代にあえて規格を崩した茶室の話をしました。
曲がった木を曲がったまま使うには、材ごとに違う癖を読んでその場で判断する腕が要ります。
マニュアルどおりに正確にやる技術と、その場で判断する技術。
前者は機械が得意になっていきますが、後者は当分、人のものです。
まとめ──1400年の続きを、いま歩いている
このシリーズを通して見えてきたことを、最後に整理します。
制約が技術を生んできました。
木が豊富で地震が多いから木造を選び、レンガが震災で崩れたから耐震規定をつくり、高くしたいから発想を逆にしました。
いま人が足りないから、自動化が進んでいます。
新しい技術ほど、古い発想に戻ってきます。
免震は礎石建ち、心柱制振は五重塔、CLTは木、維持管理は部材交換。
形を変えて、同じ考え方が何度も出てきました。
道具が変わっても、職人は必要とされ続けました。
変わったのは仕事の中身であって、仕事そのものではありません。
現場で柱を立て、鉄筋を組み、コンクリートを打ち、足場を架ける。
その手つきの向こうには、1400年分の積み重ねがあります。
そして今この瞬間も、その歴史の続きが書かれています。
これから現場に入る方へ。
この仕事は、日本でいちばん長く続いてきた職業の一つです。
そして、これから最も大きく変わろうとしている仕事でもあります。
変化の途中にいるというのは、実は悪くない場所です。
新しい道具を先に覚えた人が、次の時代の棟梁になります。
全6回、お読みいただきありがとうございました。
※統計数値は総務省・国土交通省・日本建設業連合会の公表値にもとづく2025年〜2026年時点のものです。制度や技術の状況は今後変わる可能性があります。

