【日本の建築史 第5回】今の現場ができるまで──揺れを制し、木へ戻る
前回は、日本の建築が鉄とコンクリートで上へ伸びていった時代のお話でした。
高さ制限が撤廃され、超高層ビルが次々と建ち、街の姿が変わりました。
そして平成に入り、方向が変わります。きっかけは、一度の地震でした。
第5回は、いま私たちが立っている現場が、どうやってこの形になったのかというお話です。
1995年1月17日が変えたもの
阪神・淡路大震災。都市の直下で起きた地震が、建物にどれほどの被害をもたらすかを、日本は目の当たりにしました。
この震災が建築の世界に残した教訓は、大きく二つあります。
一つは、1981年に定められた新耐震基準の建物は、被害が比較的少なかったということです。
基準が正しかったことが、最悪の形で証明されました。
もう一つは、それ以前に建てられた建物が大量に残っているという現実です。
基準を新しくしても、すでに建っているものは自動的には強くなりません。
ここから、耐震診断と耐震改修という仕事が本格的に始まります。
2000年には建築基準法が改正され、木造住宅についても具体的な規定が加わりました。
柱と梁をつなぐ接合金物の種類を明確にし、耐力壁を建物のなかでバランスよく配置することが求められるようになります。
壁の量が足りていても、片側に寄っていれば建物はねじれて壊れるという、震災で得られた知見が反映されました。
耐震・制震・免震は、何が違うのか
現在の地震対策は、大きく三つの考え方に分かれています。
名前が似ているので混同されがちですが、目的がそれぞれ違います。
耐震は、建物そのものを硬く丈夫につくって、揺れに踏ん張る方法です。
筋交い(すじかい)や耐力壁で固めます。建築基準法が求めているのは基本的にこれです。
ただし、揺れは建物の中まで伝わります。人は揺さぶられますし、家具も倒れます。
制震は、建物の中にダンパーを組み込み、揺れのエネルギーを吸収する方法です。
ダンパーが伸び縮みすることで、揺れの力が熱に変わって消えていきます。
繰り返しの揺れや、風による揺れにも効果があります。
免震は、建物と基礎の間に積層ゴムなどを挟み、地面の揺れをそもそも建物に伝えない方法です。
地面が動いても、建物はゆっくりとしか動きません。
病院や庁舎など、地震のあとも機能し続けなければならない建物で採用されています。
ここで思い出していただきたいのが、第1回で紹介した礎石建ち(そせきだち)です。
柱を地面に埋めず、石の上に載せるだけ。
固定されていないから、地震のときに柱が石の上を少しずれて、揺れのエネルギーが建物に伝わりません。
これはまさに免震の発想です。
1400年前の工法と現代の積層ゴムが、同じ原理の上に立っています。
東京スカイツリー──五重塔から来た技術
2012年に完成した東京スカイツリーは、高さ634m。
自立式の電波塔としては世界最高の高さです。
この塔の制振には、心柱制振(しんばしらせいしん)と呼ばれる仕組みが採用されています。
中央には、階段室を兼ねた鉄筋コンクリートの円筒が通っています。
この円筒の下側は塔本体と一体になっていますが、上側は塔本体から切り離されていて、オイルダンパーでゆるくつながれているだけです。
地震や強風で塔が揺れると、塔本体と中央の円筒がずれて動きます。
そのずれをダンパーが吸収し、揺れが小さくなる。
この発想の元になったのが、第1回で見た五重塔の心柱です。
塔本体と心柱が別々に揺れて、互いの力を打ち消し合う。
1400年前に職人が経験でたどり着いた答えが、構造力学の裏づけを得て、世界最高の電波塔に使われたわけです。

あべのハルカスと国立競技場
2014年、大阪に高さ300mのあべのハルカスが完成します。
日本のビルとして当時最も高い建物になりました。
高層部の揺れ対策には制震装置が使われ、超高層の技術がさらに洗練されていることを示しました。
そして2019年、国立競技場が完成します。
ここで注目したいのは、木が構造の一部として使われていることです。
屋根は鉄骨と木材を組み合わせた構造で、外周には47都道府県から集めた木材を使った軒庇(のきびさし)が巡らされています。
第4回で見た代々木競技場が、鉄とケーブルという当時の最先端で大空間をつくったのに対し、国立競技場はあえて木を見せるという選択をしました。
この50年で、建築の価値観が変わったことがよくわかります。

なぜ今、木造が見直されているのか
ここ十数年、木造建築への関心が急速に高まっています。理由は懐古趣味ではなく、きわめて実利的なものです。
CLTという新しい木材
大きな転機になったのが、CLT(直交集成板)の登場でした。
板を繊維の向きが交互になるように何層も重ねて貼り合わせた、大きな板材です。
向きを直交させることで木の反りを抑え、どの方向にも強い材料になります。
CLTには、現場にとってわかりやすい利点があります。
軽い。
鉄筋コンクリートに比べて建物が軽くなるので、基礎や杭の工事が軽くなります。
工期が短い。
工場で加工して現場で組み立てるので、コンクリートの養生を待つ必要がありません。
数か月単位で工期が縮まった事例もあります。
炭素を溜めこむ。木は成長するときに二酸化炭素を吸収します。
それを建物の中に長期間貯めておける。
脱炭素の流れのなかで、これは大きな評価点になっています。
燃えるという弱点をどう克服したか
木造の最大の課題は火でした。
ここを解決しない限り、高い建物はつくれません。
対策として確立されたのが、燃えしろ設計と耐火被覆です。
燃えしろ設計は、木の表面が燃えて炭になった層が内部への延焼を遅らせる性質を利用し、あらかじめ燃える分を見込んで部材を太くしておく方法です。
木は表面が炭化すると、そこから先は燃えにくくなります。
耐火被覆は、石こうボードなどで木を覆って、火が届かないようにする方法です。
こうした技術の積み重ねにより、2時間耐火の大臣認定を取得したCLT部材が登場します。
そして2022年、横浜市に柱も梁も床も壁もすべて木でつくった11階建て、高さ44mのビルが完成しました。
木造の耐火建築物として、当時の国内最高の高さです。
第3回で、レンガ造を木の骨組みに置き換えた木骨レンガ造の話をしました。あのときは木が「頼れる構造材」でした。
それが鉄とコンクリートに主役を譲り、いま再び、条件を整えたうえで戻ってきています。
現場の仕事も変わりました
この30年、現場の日常もずいぶん変わりました。
安全装備では、高所作業における墜落制止用器具の規制が見直され、2022年1月からは原則としてフルハーネス型の使用が求められるようになりました。
施工管理では、タブレットで図面を確認し、写真を撮り、そのまま報告書にまとめるやり方が広がっています。
法規制では、2025年4月に建築基準法と建築物省エネ法が改正されました。ポイントは三つです。
一つめは、省エネ基準への適合が原則としてすべての新築建築物に義務づけられたこと。
断熱材や窓の施工が、性能として問われるようになりました。
二つめは、いわゆる4号特例の縮小です。
これまで木造2階建て住宅などでは建築確認の際に構造関係の審査が省略されていましたが、原則として審査が必要になりました。
三つめは、木造建築物の構造規制の合理化です。
木造で中層建築を建てやすくするための見直しが行われました。
一つめと二つめは、実はつながっています。断熱材や設備が増えれば建物は重くなります。
重くなった分だけ、構造も見直さなければならないという理屈です。
この30年で変わったこと
耐震から、制震・免震へ
壊れないことに加えて、揺れそのものを小さくする方向へ広がりました。
新築から、診断・改修へ
既存の建物をどう安全にするかが、大きな仕事になりました。
強さに加えて、環境性能
断熱、省エネ、炭素の貯蔵。求められる性能の種類が増えました。
木造の復権
CLTと耐火技術によって、木が再び中高層の選択肢に入りました。
安全基準の厳格化
フルハーネス、各種の資格、作業手順。装備もルールも整備が進みました。
デジタル化の入口
図面も写真も報告書も、紙から画面へ移りつつあります。
まとめ──揺れを制し、木へ戻った30年
平成から令和にかけて、日本の建築はこう変わりました。
まず、大きな震災を受けて、地震への向き合い方が精密になりました。
次に、超高層の技術が成熟し、揺れを制御する方法が広がりました。
そして、脱炭素という新しい条件のもとで、木という材料が再評価されました。
興味深いのは、新しく見える技術ほど、古い発想に立ち返っていることです。
免震は礎石建ちであり、心柱制振は五重塔であり、CLTは木という最も古い材料です。
日本の建築は、まっすぐ前へ進んできたのではなく、行って戻って、また進むという動き方をしてきました。
では、この先はどうなるのでしょうか。次回は、いま現場で起きはじめている変化と、これからの建築について見ていきます。
次回予告
第6回:これからの建築(未来編)
建設業の就業者は、ピーク時から約200万人減りました。
人が足りない現場に、いま何が起きているのか。
i-Construction 2.0が掲げる2040年の目標、BIMが現場に降りてくる意味、3Dプリンターで家を建てるという現実、そして自動化が進んだとき、人の手に残る仕事は何なのか。
シリーズ最終回です。
※建築の年代や数値については諸説あるものがあり、本記事では一般に広く紹介されている説をもとに記述しています。法制度の内容は2026年時点のものです。

